鳥取地方裁判所 昭和26年(ワ)122号 判決
原告 伊田鶴江
被告 淵本弘 外一名
一、主 文
原告に対し被告淵本弘は金三万円、被告淵本勇蔵は金二万円及びこれらに対する昭和二十六年九月二日から各完済に至るまでそれぞれ年五分の割合による金員の支払をせよ。
原告の被告両名に対するその余の請求はいずれもこれを棄却する。
訴訟費用はこれを三分しその二を原告の負担とし、その余を被告両名の負担とする。
この判決は原告において金二万円の担保を供託するときは第一項に限り仮に執行することができる。
二、事 実
原告訴訟代理人は被告両名は原告に対し金十七万一千円及びこれに対する本件訴状送達の翌日から完済に至るまで年五分の割合による金員の支払をせよ。訴訟費用は被告等の負担とするとの判決並に仮執行の宣言を求め、その請求の原因として原告は昭和二十四年三月十二日被告弘と慣習に従つて婚姻の式を挙げ、原告方において同棲し同年五月二十七日その届出をなし、同年十二月十二日長男敏美を儲けたが次のような事情のため到底婚姻を継続することができないので昭和二十六年五月二十二日協議上の離婚をした。すなわち被告弘は婚姻前から訴外河本貞枝と情交関係があつたにも拘らずこれを秘して原告と婚姻をしたのであるが
一、昭和二十四年七月十日頃の午前九時頃河本貞枝が原告方を訪問し同日午後三時頃まで被告弘と会談した末同人を伴つて外出し同日夜共に外泊し
二、同年九月十日頃右河本貞枝が被告弘を電話で呼出し、同日夜鳥取市内で同宿し
三、同年十月十日頃同女が原告方を訪れ、原告方で一泊したが、その際原告の祖母において被告弘と河本貞枝との情交関係を推察させる現場を目撃した。
四、被告弘は昭和二十五年二月二日頃から鳥取市永楽通丸五工業会社に勤務したが、その頃から殆んど毎日の如く被告弘の帰宅が遅刻し、午後十二時を過ぎることも屡々であつた。
五、被告弘は同年六月二十六日から同月二十八日まで大阪市内に出張すると称して外泊しその間鳥取市内等において河本貞枝と密会したことが判明したのでその頃原告、被告両名、原告の母せつ及び横山増治等が会合し協議した末、被告弘は河本貞枝との関係を絶ち原告方に復帰することを約したが、その後においても被告弘は依然として同女との関係を絶つことができず屡々密会情交を続けた。
六、被告弘は昭和二十五年八月から鳥取市臨時雇として同市に勤務するに至つたが、同年十二月頃河本貞枝が津山市に赴くに際し同女と共に同市に赴いて同宿し、
七、被告弘は昭和二十六年二月頃外出した侭数日間帰宅しないので調査したところ河本貞枝の許に居ることが判明したので被告勇蔵に連絡し同人から戒告させた上原告方に帰らせた。
八、被告弘は同年三月十三日頃外出し河本貞枝方に宿泊していたが、その後同月二十七日頃原告方を無断家出した侭帰宅せず今日に至つている。
以上のような実情で被告弘は原告との婚姻中において訴外河本貞枝との情交関係を継続し到底原告との婚姻関係を継続することができないので、やむなく媒酌人を介して昭和二十六年五月二十二日協議離婚の手続をした。
このように原告と被告弘が離婚するのやむなきに至つたのは被告弘の不貞行為と悪意による遺棄によるものであつて原告はこれによつて精神上多大な打撃を受け、被告弘から相当の慰藉料を受けることによつて漸く慰藉されるものであるが、原告及び被告弘は共に小学校を卒業した初婚者であり、原告家の財産は宅地、建物及び動産等約三十万円相当を有し、被告家は田六反三畝余、畑二反一畝余の外宅地、建物等合計金六十万円相当を有する農家であるのでこれらを綜合すれば本件の慰藉料は金十五万円を相当とする。
而して被告勇蔵は原告から被告弘に対して訴外河本貞枝との情交関係を絶つよう数次に亘つて交渉した際、その都度原告に対し被告弘の不法行為による責任についてはこれを保証する旨約定したので、被告弘の前記慰藉料支払義務について保証債務の履行を求める。
尚原告は被告勇蔵に対し結納として金二万一千円を交付したところ、該結納金は婚姻の円満な遂行を条件として交付したものであるが、前記のような事情の下に婚姻を継続することができなくなつたので被告勇蔵に対してこれが返還を求めると述べ、被告等の主張を否認した。<立証省略>
被告等訴訟代理人は原告の請求はこれを棄却する、訴訟費用は原告の負担とするとの判決を求め、答弁として、原告主張事実中、原告と被告弘との婚姻に関する事実、長男敏美出生の事実並に原告及び被告弘が共に小学校卒業程度の学歴を有し初婚であることはいずれもこれを認めるが、その余の主張事実は総て否認する。
被告弘は原告の主張するような不貞行為をしたことなく、原告を遺棄した事実もない。被告弘と訴外河本貞枝は元来再従兄妹の間柄であるので被告弘の友人として又縁故者として交際を続けていたもので、同女は寡婦として子供を抱へ生活のため労働しているのを見てこれに同情した態度を示したことはあるが、その交際は友愛を超えたことはなく、原告主張の如き不倫な関係はみぢんもない。総て原告の異常な嫉妬と周囲の者の邪推から原告と被告弘との間の不和を醸成したものであつて、却つて被告弘は原告の母から侮辱的な言葉を浴せられ、又原告が出刃庖丁を持出して騒ぐなど被告弘を原告家から追放するため策動され、遂に婚姻生活を破壊するに至つたものである。
又被告弘は原告との離婚について同意したことなく、原告等が擅に被告弘の印鑑を使用して離婚届出をしたものである。
財産関係については原告家は家屋の外財産なくその見積は約十万円程度であつて魚類の行商を営むものであり、被告弘は無資産であるが被告勇蔵は田約六反余を耕作する貧農で財産の見積は田畑及び宅地、建物等合計金三十五万円相当である。
次に被告勇蔵が原告から結納金を受領したことは認めるが、その額は金一万八千円に過ぎないのみならず、その返還義務を否認する。又被告勇蔵は原告主張のような保証債務を負担した事実もないと述べた。<立証省略>
三、理 由
原告と被告弘とが昭和二十四年三月十二日婚姻の式を挙げて同棲し同年五月二十七日その届出をしたこと、同人等の間に同年十二月十二日長男敏美が出生したことは当事者間に争のないところである。
而して成立に争ない乙第一、二号証の記載と証人横山増治、兜金米治、三島勲男、伊田せつ、大倉よし子の各証言、原告並に被告弘の各本人の供述の一部を綜合すると、被告弘は昭和二十三年秋頃訴外河本貞枝と知るに至つたが、その後互に友情を超えた愛情を以て結ばれるようになり、原告と婚姻後においても屡々鳥取市内等で同女と情交関係を重ねていたので、原告の母伊田せつ及び媒酌人横山増治等から数回同女との関係を絶つよう厳重に戒告されたにも拘らず依然として同女との関係を絶つことができず、紛紜を重ねた末やむなく、昭和二十六年五月二十二日協議上の離婚をなし、且長男敏美は原告において引取りこれを養育していることが認められるが、このような事実は畢竟被告弘の責に帰すべき事由によつて原告と被告弘との離婚を招来したものと解すべきであつて、同人は原告に対し原告が被告弘の不貞行為並に離婚によつて精神上受けた損害に対し慰藉料を支払うべき義務あるものと謂わねばならない。
そこで慰藉料の額について按ずるに原告及び被告弘が共に小学校卒業程度の学歴を有し初婚であることは当事者間に争なく、又成立に争ない甲第二、三号証の記載と証人伊田せつの証言、被告本人勇蔵の供述によれば原告家は不動産として宅地二十六坪及び木造藁葺居宅一棟を有し、原告の父は日雇人夫であり、母は鮮魚の行商を営みその収入は一ケ月約一万円であるが、被告家は田六反三畝余畑二反一畝余の外宅地百十七坪及び居宅を有する農家であることが認められるので以上の事実と前認定の離婚事情とを綜合して考量すれば被告弘が原告に支払うべき慰藉料は金三万円を相当と思料する。
而して被告勇蔵が被告弘の不法行為による債務の履行について保証をしたかどうかについて審究するに証人横山増治、兜金米治、伊田せつの各証言並に原告本人の供述によれば被告勇蔵が被告弘において冒頭認定のように屡々訴外河本貞枝との関係について紛紜を生じた際、原告の母伊田せつ及び媒酌人横山増治等に対して被告弘の不始末について責任を負う旨約定したことが窺知されるが、この趣旨は当時原告家の不動産の一部が被告弘の名義となつていたのでこれを他に処分しないよう又父親として被告弘の不行跡につき同人等に対して迷惑をかけない趣旨であつたと解すべきであつて、原告に対し被告弘の不法行為の責任につき保証債務を負担する趣旨であつたとは認められないので、この点についての原告の請求は排斥するの外ない。
次に被告勇蔵が原告から結納を受領したことは争ないところであるが、証人横山増治、伊田せつの証言によれば原告から被告勇蔵に交付した結納は金二万円であつたことが推認されるところ、元来結納は婚姻の成立を予想し婚姻成立の場合所謂嫁婿両家間相互の情誼を厚くする目的を以て授受される一種の贈与と見るべきであつて、一旦夫婦関係が成立した以上、後日婚姻解消するもこれが返還を求めることはできないと解すべきであるが、本件のように結納の受領者側である被告弘において婚姻当初から誠実に婚姻を継続する意思なく、そのため婚姻の破局を来したと認むべき場合においては叙上の原則はこれを適用すべきでなく、寧ろ信義衡平の原則に照し婚姻不成立の場合に準じて結納の返還義務を認めるを相当と考えるので被告勇蔵は原告に対し前認定に係る結納金二万円を返還すべきものとする。
以上の次第であるから原告の被告両名に対する本訴請求は前各認定の範囲内においてのみこれを認容し、その余の請求はいずれも失当として棄却すべきものとし、尚本件訴状送達の翌日が昭和二十六年九月二日であること一件記録に徴して明かであるので、訴訟費用の負担について民事訴訟法第九十二条仮執行の宣言について同法第百九十六条第一項をそれぞれ適用し主文のとおり判決する。
(裁判官 石見勝四)